結論から言えば、筆者の考えでは、第9話ラストの時点において杏子の祈りは魔女となったさやかには通じてはいないと考える。
この作品内においては、もし、杏子の祈りがさやかに通じたとするならば、それは「奇跡が起きた」ということであり、作品全体を一つの統一体と考えるならば、この時点において、この「魔法少女まどか☆マギカ」という作品の中で、奇跡が起こることは、あえて言うならば「許されてはいない」。

 この作品において奇跡が起こるのは最終話のラストにおいて一度きり、一つ乃至二つのほんの小さな奇跡がすべてである。即ち、ほむらがまどかのことを覚えていたこと、ほむらの手にまどかのリボンが残されていたこと。これがこの作品で起きた奇跡のすべてだと云っていい。

 付け加えるならば、QBとの契約において起こされた「奇跡」は、言うなれば「有償の奇跡」であり、超常のものではあるが「恩寵」ではない。まどかの記憶とリボンの奇跡だけが、無償の奇跡、恩寵の奇跡である。まどかによる宇宙の改編ですら、「有償の奇跡」の範疇において行われるものである。もし、杏子の祈りがさやかに通じていたとしたならば、この作品内の「有償の奇跡」の範疇を超えたもの、無償の奇跡、恩寵としての奇跡であることとなる。
 だが、あえて言うならば、この作品は、最初から徹頭徹尾「奇跡の起こらない世界」を描き続けている。
 マミはあえなく死に、さやかの願いは彼女を破滅させ、ほむらはひたすら失敗を繰り返した挙げ句、敗北する。だが、その奇跡のない世界の最後の最後において、ほんの小さくささやかな、しかし、だからこそかけがえのない奇跡が起きることを描いた作品であると云っていい。そうであるならば、9話の時点において、杏子の祈りがさやかに届くという奇跡は、作品の構造からすれば「起きてはならない」ということになる。それは、物語の根底を覆し、最後の奇跡の価値を失わせることとなってしまうからだ。

 脚本の虚淵氏は、「奇跡の起きる作品はSFではない」と語り、また「まどかのリボンがほむらの手に残った理由は説明できない」としている。つまり、これこそが、これだけが「奇跡の起こらなかった世界に起きた初めての、かけがえのない奇跡」なのである。
 杏子の想いがさやかに通じるのは、最終話の改編世界を待たなければならない。ここでは、杏子が円環の理に導かれたさやかに対し、「やっと友達になれたのに」という言葉を発している。改編前の9話までの時点では、さやかは杏子に対し、彼女の境遇に一定の理解を示すが、いまだ歩み寄ることはない。最期の最期に自らの絶望を吐露するときが、さやかが杏子に最も心を許した瞬間ではあったのだろうが、次の瞬間、さやかは魔女化し、彼女は理性を持たない、過去の想いをリフレインするだけの存在となる。
 この世界のルールでは、この状態になった魔法少女が元に戻ることはなく(例えばまどかがさやかを元に戻す、という願いで契約するなど、ルールの範疇における例外は除く。スピンオフ作品において、まどかがさやかの復活を願い魔法少女となるものもある)、完全に不可逆の存在となる。
 ハノカゲ氏による優れたコミカライズ版では、杏子がさやかに殉じた後、さやかが杏子を受け容れるかのようなイメージが描かれたが、アニメ版においては、そのようなシーンは一切描かれない。ハノカゲ氏がそのようなシーンを描いてしまったことは、心情としては大いに理解できるが、やはり、これまで語ってきたことからすると、筆者の立場からすれば、この点に関してだけは、ハノカゲ氏の勇み足であったと言わざるを得ない。

 もう一つ付け加えるならば、あえて言えば、9話の結末は、杏子の祈りがさやかに「通じていないからこそ美しい」と筆者は思っている。
 この物語において、祈りとは「発せられることそのものが尊いもの」として扱われているように思われる。だから、まどかは、魔法少女たちの「命を救う」のではなく「祈りを救う」のだ。
 杏子は、希望を信じて戦いに臨み、その希望が潰えてなお、それが通じなくとも、否、「通じないのを知って」なお祈り、さやかに殉じる。ここに、筆者はあえて「通じることを度外視した、ただ発せられることそのものに価値がある純粋な祈り」の美しさを感じ取る。

 まどか9話ラストの杏子とさやかの結末の解釈について、自分なりに思ったことを書いてみました。舌足らずな面、考察不足な面、まとめ切れていない面などもあると思いますがご容赦を。

魔法少女まどか☆マギカ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

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魔法少女まどか☆マギカ (2) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

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魔法少女まどか☆マギカ (3) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

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魔法少女まどか☆マギカ ~The different story~ (上) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

魔法少女まどか☆マギカ ~The different story~ (上) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

魔法少女まどか☆マギカ ~The different story~ (中) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

魔法少女まどか☆マギカ ~The different story~ (中) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

魔法少女まどか☆マギカ ~The different story~ (下) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

魔法少女まどか☆マギカ ~The different story~ (下) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)